相州会戦!?
払暁(ふつぎょう)まではどうやらまだしばらく間がありそうな濃紺の空。
あたりを見渡すと、獏(ばく)のアタマが。なんでも皇帝とかいう人間が、他のたくさんの人間を従えている国で見つかってしまったとか。
まぁ実際、この次元で存在する生物を掛け合わせたような姿カタチだから、人間に見られてしまった時にはさぞかし珍妙に映ったことだろう。すぐに隠れおおせても、こんな木像にして飾られてしまうとは、なんとも情けない限りではある。
兎角(とかく)感じるチカラの足りない人間同士はいい加減なもので、小さな島のようなところに獏のことが伝わるころには、人の『悪夢を食べてもらえる』などと話に尾ひれが…。獏はまったく気にしていない様だが、話がズレていくのがもう滑稽(こっけい)でしかない。
-こういうのを空想というのか、いや、妄想だったか。
「えっと、龍、龍、っと… あ、見つけた」

少し見上げたところに探していた龍の姿。どうもこの身の丈に慣れないからか、龍が今にもこちらに向かって来そうである。
「ってことは、そのハス向かいくらいに六角の小さなお堂が…ッあ、あれっ、あッっぶなッ、あぁぁッッ!」
ぐわらガラガっしゃぁ~んッッ
サラが転生してきた先はどうやら合っていた。日ノ本にある相模国の仏教寺院で、六賢弁才天を祀ってあるところ、確かに合っていた。ただ、そうは言っても慣れない場所に慣れないカラダで、丑三つ時を少し過ぎたばかりの静まり返った境内でなんとも盛大な音を、やらかしてしまった。
「ッいたたたっ、ご丁寧にカラダが感じる痛みもちゃんと機能実装されてるわけね、このちっさいボディってば」
導くべき人間たちと違いすぎては、という理屈はわかるが、こんなところまで、とすこし再現性の高さを恨めしく思うサラ。
そんなことより、この静寂(せいじゃく)の中でのやらかしは、さすがに不審者でございます感マックスだ。こういう時の説明が面倒になりそうな予感はたいていあたる。
「何者か、騒々しいのは!」
轟く詰問(きつもん)の声の主は、聞かなくても分かるというもの。
板敷(いたじ)きの濡れ縁を踏みしめながら近づいてくる姿は襷(たすき)掛け、柄に太い鋲(びょう)を数多(あまた)打ったかなり大振りの刺股(さすまた)を脇にした院主、即ちこの寺を管掌(かんしょう)するその人であった。剃り上げた頭の院主ではあるが、それでもまるで怒髪天を衝(つ)くくと言わんばかりの形相だ。
-いけない。これはちょっと話ができる状態とはいえないかも…。

深更の静けさの中にサラが開けてしまった大きな穴は、どうやらすぐに言葉では塞げそうになかった。
-話をできる状態に持っていかなければ…、でもどうやって…。チカラを減殺するしかないかッ。
「披上神囘甲(ひじょうしんかいこう)!」
閃光とともに冑、手甲で鎧われたサラの背に剣、大戟、弓矢、数珠、宝輪、宝棒が舞い出る。いずれもダルマを守護する神具。サラは宝棒を右手に紙一重のところで大刺股に打ち合わせ、返すチカラにあわせて宝輪をかざすと、宝輪から宝輪から流れるようにひろがる淡くてやわらかな光がそっと辺りをつつみこみ、その光の波に支えられるようにして気を失った院主はその場に横たわっていた。
「ま、ちょっとした鎮静用としては十分かな」
何もなかったかのようにしずまり返った夜が戻っていた。